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ブラック・ミラー 6-2【ヘンリー湖】のネタバレと感想

©︎Netflix

以下、ネタバレ大いに含みますのでご注意ください。

目次

閑散とした村

自主制作映画の撮影をするため、恋人デイヴィスの故郷へ初めて訪れたピア。滞在場所はデイヴィスの実家で、彼の母のジャネットに紹介されるのだがどこかぎこちない雰囲気。

ピアは村の美しい景色に感動するが、同時に観光客が誰1人居ないことに疑問を感じる。

翌日、地元でバーを営むデイヴィスの友人スチュアートの元へやってきた2人。あまりに閑散としていることに違和感を抱いたピアが質問をすると、デイヴィスは重い口を開きある男の話を始めるのだった。

イアン・アデア事件

時は1997年、この村へハネムーンにやってきた夫婦が荷物や車を置いたまま忽然と姿を消すという不可解な事件が起こる。この事件の捜査にあたったのは当時警官だったデイヴィスの父ケネス。

ある日スチュアートの父が経営していたこのバーに変わり者の男”イアン・アデア“がやってくる。泥酔したイアンはバーで揉め事を起こし、不審に思ったスチュアートの父はケネスに相談。

そしてケネスがイアンの住んでいる農場へ向かうと、イアンはケネスを銃撃。ケネスは一命を取り留めるものの、犯人イアンは自宅にいた自身の両親を殺害し、自殺した状態で発見される

さらに農場の地下室からは数々の拷問器具が。イアンは旅行者を次々と誘拐して殺害し、その被害者は8人にも及んだ


この事件の影響で村の観光客は激減。デイヴィスの父イアンは一命を取り留めたものの、入院中感染症にかかり死んでしまう。そして母ジャネットは夫の死の原因となったイアンを、死してなお恨んでいるという。

ドキュメンタリー映画

事件に興味を持ちデイヴィスと共にイアンの農場へ足を運んだピアは、事件のノンフィクション映画を撮るべきだと提案する。初めは乗り気でなかったデイヴィスも、ピアの熱意とスチュアートの後押しもあり、映画を撮ることを決意。

スチュアートの母が集めていたという事件の資料を借り、2人は映画の制作をスタート。母ジャネットのインタビューも撮れることになり、制作は順調に進んでいた。

その後映画を売り込みに行く2人だったが、目の付け所は褒められるも”新しい視点”が必要だと言われ、例の地下室を撮影することになる。

スチュアートを連れ、3人でいざ地下室の中へ。ブラックライトを使うと床下から部屋の隅々に血痕の跡が広がっていたことがわかり、あまりの惨さに3人は言葉を失う。

そしてあろうことかその帰り道、デイヴィスは車で事故を起こしてしまうのだった。

真相

怪我を負い入院することになったデイヴィス。

ピアはジャネットと2人きりの気まずい状況に。デイヴィスの部屋で撮影した映像を確認していると、テープが切り替わり別の映像が映し出される。

そこに映っていたのはイアン・アデアとデイヴィスの父ケネス、そして赤い仮面をつけた母ジャネット。ジャネットの手には拷問器具が握られており、当時行方不明になっていた夫婦に拷問する姿が映し出されているのだった。

タイミング悪くジャネットに呼ばれ、夕食の席につくピア。するとリビングに飾ってある赤い仮面が目に入り、あの映像が本物であることを確信してしまう。

ピアは家の外へ飛び出し、秘密を知られたと勘づいたジャネットは車でピアを追いかける。

川で足をとられ転倒し頭を強打するピア。ピアに逃げられたジャネットは殺人の証拠品とデイヴィスへの書き置きを残し、例の仮面をつけて首をつるのだった。

授賞式

授賞式の舞台に立つデイヴィス。しかし製作者としての立場ではない。

恋人のピアは亡くなり、自殺した母親は狂った殺人犯。何もかもを失ったデイヴィスの悲痛な胸の内を無視して作られた作品”ヘンリー湖”は、見事ドキュメンタリー賞を授賞した。

部屋に戻り、おもむろにポケットからメモを取り出すデイヴィス。「映画の資料に使って」と書かれた母からのメモを見ながら、暗い部屋で1人涙するのだった。

感想

あれ、私今何見てるんだっけ?

ラストまで嘘だろ何かあるだろと思って観てたけど普通にホラー映画すぎてびっくりした。しかもなかなかの胸糞っぷり。

あの赤い仮面だけでなくジャネットの台詞にも多々伏線があり、ホラーテイスト&どんでん返しミステリーが好きな私としてはシーズン6で1番楽しめた作品でした。

とにかく母親のジャネットが怖すぎる。
パイ作ってる時も怖いし、ピアが見つからなかった時の怒り狂った姿も怖い。出会った時からピアに対してナチュラルな差別発言もするし。

序盤のピアとのぎこちない雰囲気もリアルで、見ていて居心地が悪いような、なんとも言えない気持ちになった。

ピアはまさかあれで死んでしまったとは思わなかったからショック。。

消費されるコンテンツ

ラスト、母と恋人を失ったデイヴィスの”無”の表情と授賞式の華々しさが対照的でなんとも皮肉に満ち溢れてる。誰もデイヴィスの悲痛な胸の内など気にかけることもなく、”実は犠牲になった警官とその妻がイカれた殺人鬼だった”という真相を娯楽コンテンツとして消費するのみ…。

なんだかネトフリの”ダーマー”の一件を彷彿とさせるような。普通に考えてああいう作品が史上2位になるなんておかしいんだけど(悪趣味だし被害者の家族だっている訳だし)、やはり実在の事件というのは過激であればあるほどそれだけ人の興味を引くという事実。事件に関わってしまった人にとってどれだけトラウマでも、その他大勢にしてみれば”娯楽”でしかない。

このヘンリー湖ではドキュメンタリーが受賞するまでのストーリーまでしか描かれていないけれど、忘れた頃に蒸し返されてはまた世間の注目を浴び、デイヴィスはラストの表情のまま一生を終えるのではないかなと想像できる。

過激な作品に引かれる気持ち、特に実在の事件ともなると怖いもの見たさでつい見たくなる気持ちは私にもよく分かるし、見ること=絶対悪かと言われればそれも違うと思うんだけど、一歩引いた目でこの風潮の危うさに関して考えさせてくれるストーリーでした。

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