いつものようにネトフリを見ていたら、おすすめにちょっと気になる作品が。タイトルは『もう終わりにしよう』といい、どうやら”恋人との関係を終わりにしたい女性が彼の実家を訪問し、次々と不可解な出来事に遭遇する”という内容らしい。
“恋人の実家訪問したら次々と不可解な出来事が”って文面で映画『ゲット・アウト』を連想し、あんな感じの面白いスリラー作品かな〜と特に事前情報も何もなく見たんだけど、何か思っていたのと全然違う。
なんだか小難しい会話ばっかりの作品だなあと思いつつ、きちんとラストまで見届けたんだけど、まあそのラストの意味がさっぱさわかんなくて。数ヶ月前に見てわからなかった映画『ノクターナル・アニマルズ』よりもわからない。
見終わって調べてようやっと意味がわかり、「なんだと…?」と驚愕した、そんな奴によるざっくりとしたネタバレありの感想と考察です。
以下、ネタバレ大いに含みますのでご注意ください。
“もう終わりにしよう”の意味とは
もう単刀直入に、完結にネタバレを言ってしまえばこの話は“用務員のおっちゃんの妄想”でした。コレ、私割と序盤の方で想定はしていたんだけど…。
ラスト、特にあのミュージカルみたいなのが突然始まるから悪い。あそこから一気に何もかもがわからなくなった。(ちなみにあのミュージカルのくだりは『オクラホマ!』という作品からきているらしい)
“おっちゃんの頭の中での出来事”だとしても、ルーシーという存在、そして両親に紹介するというシチュエーションの意味もわからなかったんだけど、「あの子(もしくはこういう子)を両親に紹介したかったなぁ」という事だったらしっくりくる。
主人公はルーシーだとばかり思い込んでいたけれど、本当の主人公は用務員のおっちゃんだった。彼は”恋人を両親に紹介する”という、現実の人生で叶わなかった妄想を、退屈な毎日の中で何度も繰り返していたのだ。
なんて哀しい物語だろう…。タイトルの『もう終わりにしよう』とは、ルーシーがジェイクとの付き合いを終わりにしようということはなく、用務員のおっちゃんが『こんな妄想はもう終わりにしよう』という事だった…。
意味が分かった途端、どん底に突き落とされたような気分になった。彼の人生、あまりにも救いがない。
実は伏線がたくさん
ルーシーがジェイクの実家で何度も階段を降りているシーン、またジェイクが捨てたアイスのカップと同じものがゴミ箱に大量に入れられている場面から、この妄想が何度も繰り返されているものだということがわかる。
さらにジェイクとの会話の中でルーシーの名前や職業、出会ったシチュエーションなどがコロコロと変わる、ルーシーの記憶の曖昧な部分は、無論それもジェイクの頭の中で繰り広げられている妄想だから。だからルーシーは彼の両親に馴れ初めを聞かれた時、すぐに答えることができなかった。彼の妄想の中での設定が定まっていなかったからだ。
ジェイクがルーシーの事をイヴォンヌと呼んだり、ルーシーの職業をウェイトレスだと紹介し2人の馴れ初めも変わっているのは、用務員ジェイクがランチタイムに見ていた映画に影響されている。(あの映画のウェイトレスの名がイヴォンヌ)
ルーシーがジェイクと同じく博識だったり、農家育ちだったりの共通点、またルーシーの朗読した詩がジェイクの部屋の本に書かれていた、ルーシーの描いた絵がジェイクのサイン入りで地下室に置かれていたのも、やはりルーシーの存在自体をジェイクが作り上げているから。
ジェイクの両親が若返ったり老いたりする謎…これは妄想中にジェイクの過去がフラッシュバックし、邪魔しているのではないかと。ジェイクが妄想に登場させたいのは若い両親、でも年老いた両親の記憶が混ざってしまう。
そういえば冒頭でジェイクは母の容態が悪いから料理はそんなに作れないよ、とも言っていたので、本当は年老いた方の両親を登場させるつもりだったのかも?もしくはどちらにするか、妄想の中で試行錯誤していたのか。
あのぶるぶる震えて続けているイヌは、ジェイクの頭ではその姿しか想像できないということでしょうね。ジェイクが見たそのイヌの最後の姿だったのか、もしくは震えている姿しか印象に残っていなかったのか。
幼少期のジェイクの部屋にイヌのお骨の入った壺っぽいものがあることから、やはり妄想の中にイヌを登場させるかどうかも彼の中で定まっていないのかも。
途中立ち寄るアイスクリーム店は、ラスト間際のアイスクリームのCMからジェイクが創り出したもの。意地悪な2人の店員は、物語の序盤で用務員ジェイクを見てヒソヒソ話している女子生徒と同一人物。
そして3人目の、腕にブツブツのある親切な店員さん。この子は用務員ジェイクの学校で孤立している女子生徒。
ラスト間近で突然「オクラホマ!」のミュージカルシーンが始まるのは、2度目に見返した時にヒントが。2人が車で会話をしている時に「オクラホマ!」の音楽が流れ、ジェイクがこの作品のことを「数年に1度は必ず上映するから詳しい」と言っている。これは用務員ジェイクが働く学校で、って事だね。(私はこのミュージカルを知らないけど、序盤の方で用務員ジェイクが見ている学校のミュージカルのセットがラストでジェイクが歌うセットと同じことから、同一作品だとわかる)
ジェイクがこのミュージカルを好きというより、日常的に目にしているから妄想の中に出てきてしまったのかなと思う。
そしてラスト、用務員ジェイクの結末についてははっきりと描かれてはいないものの、やはり私はあの妄想を最後に彼は車の中で亡くなったのだと思う。舞台の上でスタンディングオベーションを受ける妄想しながら亡くなった彼は、幸せだったのか。
物語の冒頭から根拠もなくルーシーがジェイクに対して「もう終わりにしよう」と思っていること、謎の着信の台詞、また実家で母親がルーシーに対して地下室に行けと強く促すのは、この妄想をしているジェイク本人の「もう終わりにしたい」という意識からでしょう。
大抵の人は幸せな妄想をするはずだけど、この妄想がこんなにも寂しいものなのは、終わらせたいのに止められない彼の葛藤を表しているのではないかなと。ちなみに“ルーシー=妄想を終わりにしたいジェイクの意識”とすると、物語の冒頭での彼女の語りの意味も理解できる。
わからないのは、妄想の中のルーシーは実在する人物の容姿をしているのか?ということ。「バーで出会った女性~」と作中何度も出てきているのでそういう経験があったのは事実だろうが、ルーシーの容姿はその時声をかけられなかった女性の姿をしているのか?それとも、バーの話はあくまで設定だけで、容姿はあくまでジェイクの好みの詰め合わせなのか。
これは実在した女性とするとあまりにその女性が気の毒なので、ジェイクの創作物としておこうと思う。
ジェイクにも同じことが言える。普通に考えたら若かりし頃の彼の姿なんだけど、いかんせん妄想の中だから。ジェイクの容姿ってぶっちゃけ良くないので忠実に再現していると思いたいけど、もしあれが少しでも美化された姿だったのなら…。
“妄想”という曖昧すぎるオチなので、複雑だけど色んな考察ができるのが面白い。
私は知らずに鑑賞してしまったのだけど、この作品配信されてすぐTwitterで話題になったようで。後で検索したら「見る人によってはホラーよりも恐ろしい」なんて意見がチラホラあったんだけど、確かに。
彼と同じように孤独に妄想に耽る人生を送っている人からしたら、トラウマレベルで恐ろしい作品かもしれない。
しかし、”妄想”というものをここまで映像としてリアルに再現した今作、本当に凄いと思う。理解できず見終わった時は「一体何だったんだろう?」なんて思っていたけど、意味を理解すると途端にもう一度細部まで見返したくなる。
ちなみに、ジェイク役のジェシー・プレモンスは私の大好きなSFオムニバスドラマ『ブラック・ミラー』の”宇宙船カリスター号”でデイリー船長を演じていたあの人なんだけど、彼はこういう役しかオファーが来ないのか…?
容姿も、神経質そうで不気味な演技も、結果的に凄いハマり役だったけど。
最後に私がジェイクに対して言いたいこと。そんなに学校にコンプレックスあるなら、妄想より先に学校で働くことをもう終わりにしよう。